林剛司のblog

Asahi Weekly(朝日新聞社)紙上にて「放課後ブッククラブ」という連載を書いています(2015年~)。『ローリングストーン』誌(日本語版)の元・翻訳者。訳詞家でもあります。近著『中学英語でもっと読みたくなる洋書の世界』(2024年5月、青春出版社)/『日本人のための楽しい「英語読書」入門─GRからはじめる「語感」を養う英語学習のススメ』(22世紀アート, 2023年)/『中学英語から始める洋書の世界』(青春出版社、2020年)

中学・高校の英語教員として20年ほど勤めた後、大学に移り、現在、大学で英語、英米文学(文化)、異文化理解、英語科教育法などを教えています。Asahi Weekly紙上にて「放課後ブッククラブ」という連載を書いています(2015年~)。『ローリングストーン』誌(日本語版)の翻訳者をしていました。訳詞家でもあります。近著『中学英語でもっと読みたくなる洋書の世界』(2024年5月、青春出版社)/『日本人のための楽しい「英語読書」入門─GRからはじめる「語感」を養う英語学習のススメ』(22世紀アート, 2023年)/『中学英語から始める洋書の世界』(青春出版社、2020年)

私は英語学習や英語教育実践において「やさしい英語の本をたくさん読もう」を1つのスローガンにしています。いわゆる「多読」ですね。Graded Readers(語彙や文法をコントロールした学習者向け読書教材)は、多読の入り口として非常に有効です。
では、こんな疑問を持ったことはないでしょうか。「英語が読みやすい本って、どうやって『やさしく』なっているのだろう?」

実はこの問いを考えるヒントとしてdime novel(ダイム・ノヴェル)について、今回は述べてみたいと思います。

dime novelとは何か

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dime novelは、19世紀後半のアメリカで流行した大衆向けの安価な小説です。

  • 価格は10セント(dime
  • 誰でも買える
  • 西部劇・探偵・冒険など、娯楽性の高い物語

たとえば、探偵のNick Carterシリーズや、西部の英雄Buffalo Billをモデルにした物語などが人気でした。

主な出版社は Beadle & Adamsで、当時のベストセラー文化を支えた存在です。

なぜ英語学習に関係があるのか

一見すると、「昔の安っぽい娯楽小説」でしかないように思えるかもしれません。しかし、ここに重要なポイントがあります。dime novelとても読みやすい英語で書かれているのです。

その理由は主に3つあります。

ストーリーがとにかく面白い

物語の展開が速く、「続きが気になる」構造になっています。これを専門的には narrativity(物語性) と呼びます。面白いから、読むのが止まらない➡結果として、自然に多読になる

文がシンプル

dime novelは難しい文体を目指していません。「短い文」や「直接的な表現」「会話が多い」というのが1つの特徴です。

同じパターンが繰り返される

ストーリーや表現に「型」があります。

・似た表現が何度も出てくる
・読んでいるうちに自然と理解できるようになる

これは語学学習にとって非常に重要です。

Graded Readersとの違いと共通点

ここで、現代のGraded Readersと比べてみましょう。


観点


dime novel


Graded Readers

読者

 ネイティブ大衆

   英語学習者

やさしさ

 自然にやさしい

   設計されたやさしさ

目的

 娯楽

   学習+娯楽

文体

 シンプルで反復的

   
   コントロールされた英語

ここで面白いのは次の点です。

Graded Readersは「やさしくするために作られている」
dime novelは「面白さの結果としてやさしくなっている」

英語力を伸ばすうえでのヒント

この違いから、重要なことが見えてきます。「理解しやすいこと」と「読み続けられること」は別かもしれない

Graded Readersは:

  • 語彙が制限されている
  • 文法が整理されている

だから理解しやすい

一方、dime novelは:

  • ストーリーが強い
  • 展開が速い

だから読み続けられる

英語力を伸ばすには、この両方が必要です。

では、どう活かせばいいのか?英語学習者へのおすすめはシンプルです。

まずはGraded Readersで「読める感覚」を作る

その後、「面白さ」で読める本に移る

この「面白さ」の方向として、

  • やさしいミステリー
  • やさしい冒険小説

などは、実は現代版のdime novelに近い存在です。

英語の読書というと、「やさしいか/難しいか」だけで考えがちです。しかし、もう一つ大事な軸があります。それは「読みたくなるかどうか」です。

19世紀のdime novelは、そのことをはっきり教えてくれます。
英語学習においても、「わかる英語 × 面白い物語」

この両方を大切にしていきたいものです。

Language Learner LiteratureLLL)はすでに「評価」されている

LLLという考え方は、単なる理論にとどまりません。実際に、学習者向けに書かれた優れた作品を評価する取り組みも行われています。

その代表的な例が、Extensive Reading FoundationによるLanguage Learner Literature Awardです。

Language Learner Literature AwardLLLA)とは

2004年にExtensive Reading Foundationによって創設された、英語のGraded Readersを対象とする賞です。前年に出版された作品の中から優れたものを選び、言語学習者向け文学の発展と、多読教育の促進を目的としています。

出版社の推薦作品の中から審査員が最終候補作を選出し、その後、教師や学習者が実際に読んで投票・コメントを行います。最終的な受賞作は、投票結果も踏まえて決定され、毎年8月に発表されます。受賞作や最終候補作には、賞のロゴを表紙に掲載することが認められています。

Language Learner Literature Awardメダル(縮小版)


Nation and Waring (2020) は、この賞について触れながら、興味深い点を指摘しています。GRはしばしば「語彙制限」や「文の単純さ」といった観点から評価されがちですが、実際にはそれだけでは十分ではありません。むしろ重要なのは、

  • 読者(学習者)にとって意味のある内容になっているか
  • 物語としての魅力を持っているか
  • 読む経験として成立しているか

という点です。この賞はまさに、そうした観点から作品を評価しようとする試みだと言えます。

「やさしい英語」と「良い物語」は両立する

Nation and Waringはまた、GRに対する典型的な批判にも触れています。例えば、

  • 語彙制限が不自然な文章を生むのではないか
  • 内容が単純すぎるのではないか

といった疑問です。

しかし彼らは、実際の優れた作品を見ると、こうした批判は必ずしも当てはまらないと述べています。経験豊かな書き手は、制約の中でも自然で魅力的なテキストを書くことができるのです。

つまり、制約があるから文学性が失われる、とは限らないということです。

この点は、先に見たLLLの考え方とも深く響き合います。学習者向けに書かれたテキストであっても、それは単なる「簡略化されたもの」ではなく、独自の価値を持つ作品として成立しうるのです。

参考文献

Nation, I. S. P., & Waring, R. (2020). Teaching extensive reading in another language. Routledge, pp. 2526.

Language Learner Literatureという考え方

GRは文学と言えるのでしょうか。それとも単なる「やさしい教材」なのでしょうか。

この問題を考える上で、非常に示唆的なのが、Day and Bamford (1998) の提示する Language Learner Literature(言語学習者のための文学)という考え方です。彼らは、学習者向けに書かれた(あるいは書き直された)テキストを、単なる「簡略化された教材」としてではなく、一つの独立した文学の領域として捉えるべきだと主張します。

ここで重要なのは、「誰のために書かれているのか」という視点です。

一般に、テキストの価値は「語彙の難しさ」や「文の長さ」で測られがちです。しかしDay and Bamfordは、そうした見方に疑問を投げかけます。彼らによれば、書くという行為は本質的に読者とのコミュニケーションであり、言語形式の単純さそのものが目的なのではありません。


むしろ重要なのは、

·        どのような読者に向けて書かれているのか

·        その読者にとって意味のある内容になっているか

·        読者がどのように反応し、どのような経験を得るのか


という点です。

この観点からすると、Graded Readersは「本物の文学の劣化版」ではなく、学習者という読者に向けて成立した、独自の文学的実践として捉え直すことができます。

さらに彼らは、言語の「簡略化(simplification)」だけに注目する議論の限界も指摘しています。実際の読解においては、語彙や文構造だけでなく、内容(content)や背景知識との関係が大きく影響します。言い換えれば、「わかりやすさ」は単に言語形式の問題ではなく、言語と内容が統合されたコミュニケーションの問題なのです。

この視点は、これまで見てきた認知負荷の議論とも深く関わります。学習者にとって適切なテキストとは、単に易しいだけでなく、無理のない負荷の中で意味理解と物語体験を両立させるものだと言えるでしょう。


参考文献

Day, R. R., & Bamford, J. (1998). Extensive reading in the second language classroom. Cambridge: Cambridge University Press, pp. 63–79.

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